Ms. Satoko Konno

大自然を前にして、われわれ人間はあまりにも無力だと、 よく言われる。だが一瞬、この瞬間だけ、若しかしたら、 必ずしもそうではないかもしれない・・・そんな大胆な考えが、私の脳裏を過ぎる。

外気はマイナス30℃。 当然のことながら川は凍てつき、森はすっぽりと雪の毛布に覆われ、安全ピンを落とせばポンと聞こえるような、静寂・白銀の世界。

ある一定の温度に達してしまうと、人間の感覚は鈍化、或いは、麻痺状態になるとでもいおうか。マイナス20度であろうと40度であろうと、マシュマロ・マンのように防寒着をたんまり着こんでも、極寒、過酷なことは一切変わらない。私事で誠に恐縮だが、年を取れば取る程、寒さに対する抵抗力が頗る弱って来て、今までの、どちらかといえば極暑より極寒、暑さ<寒さという数式の逆転現象が、起こり始めた。そんな「無」と「静」の要素が見渡す限り広がる雪原に己の身を置き、周りに広がる大自然と未知の世界と対峙し、共に生きようとする。日々見えないものに目を向け、聞こえないものに耳を傾ける。(というよりは寧ろ、他に何もすることがない?!)そうしていくうちに、五感は極限的にまで研ぎ澄まされ、ひょっとしたら、そう、直感に近い感覚、所謂「第六感(シックスセンス)」も芽生えるのだろうか。欲しいものが直ぐ手に入る社会に生きる現代人、物欲も減退するかもしれない。BGMには、アイスランド出身のビョークやシガー・ロス、日本でいえば喜太郎さん系のミュージックがぴったりだ。そういえば首都レイキャビクのOLを取材した時、自称アーティストの女性が多いと聞いた。地元のタレント・アイドルたちが、平日にはフライト・アテンダントだの生保レディーをやっているなんてことも、少なくないんだとか。

・・・と、余談はここまでにして。そんな優れた5つ、いや、ひょっとしたら6つの感覚の持ち主が、日本から一番近いアメリカの州で、ビジネスでは特に漁業部門で日本が最大のマーケットであるというアラスカに、いた。物理的だけではなくあらゆる意味で、日本とアラスカ間に架かっている「橋」の距離を更に縮めることが出来る、パワフルな人物。北海道出身の今野里紅(こんのさとこ)さんだ。3歳の時から、その少女の傍には、犬がいて、 自ずと、犬とのコミュニケーションを始め、 心を通い合わせることが出来るようになった、そう彼女は語った。え?かの有名な、狼に育てられたアマラとカマラ、はたまたアヴェロンの野生児に、近からず遠からず的なこと?  早速、鼻息荒く、ロンドン在住のイギリス人生物学者の友人に伝えるも、「ドッグ・テレパシー?!ハハハ・・・」と一笑に付された。  だが私は信じたい。ある意味否応なしに彼女に魅了され続け、世界の人々もその魔法にかかるだろうと信じて疑わないのは、一体全体どうしてなのか。

アラスカ州の州技犬ぞり。かつて金塊を運搬し郵便物デリバリーに従事していた犬たちの座は、今や車やスノーモービルに取って代わられ、スポーツというカタチで、新たな息吹とリスペクトが注ぎ込まれ、本場アラスカではやみつきになる者も多いという。御者であるマッシャー(犬ぞりレーサー)は、ムチ使用は絶対禁止、口笛のみで、方向や速度の指示、障害物への対処法を伝える。今野里紅さんと、犬と犬ぞりレースとの馴れ初めは、小学生の時。ご実家に泥棒が入り、その番犬のためにハスキー犬を飼ったのが始まりだという。中学生でレースに初参戦し、1999年、犬ぞりに専念する為に生活の本拠をアラスカへ移した。世界大会・デビューの翌年2005年には、見事世界一のタイトルを獲得。現在彼女が所属するのは、頭数無制限のクラスで、およそ30匹の犬をトレーニングする日々を送っている。競馬で言うとオーナー、調教師、獣医、ジョッキーという非常にマルチな役柄をこなすマッシャーは、ケネル(犬小屋)の掃除やソリのワックスがけなどは勿論のこと、雪がない時には数10キロにも渡るトレーニング用コースを自ら作る。そしてトレーニング後には犬一匹一匹に、カイロプラクティックやマッサージ、(私など自分のもままならないのだが)指一本一本に付け爪を施す。自らの修練に加えて、なのだから、まさに年中無休コンビニ状態だ。時速30キロを超す過酷な雪上レース。古代ローマ時代の世界にタイム・スリップして、ベンハーや筋肉隆々の男たちが繰り広げた、あの凄まじいチャリオット・レース・シーンが浮かんできた。そう思いきや。実は自分は小心者で、レース前夜は心配で眠れないだとか、外に出ないで内に引き篭るタイプだと、自ら公言する。そう、どんなに板チョコの様に腹筋が割れていても、レース中全くの別人と化し、ウォーーー!と勇ましい雄叫びを上げようとも。彼女は続けた。2トン・トラックを引っ張るパワーを出す犬たちはとても繊細で、足ではなく、頭と心で走る生き物なのだと。ここで再び、物議を醸しそうなシックス・センスの話題へ・・・。何でも、目に見えない犬たちのオーラを読み取ることで、その日の彼らのコンデションを見極めるだとか、好結果を出すと犬たちが「大爆発」し、涙を流すだとか。もう私は驚愕の連続で、腰が抜けそうになる。そんなクレバーでタフな犬たちの母親である彼女は、毎晩3匹の子供たちとベッド・イン。同じマッシャーをされている旦那様に挟まれて、サンドイッチ状態?の犬たちの愛くるしい姿が、目に浮かぶよう。世界の頂点に立った同年、腰の怪我に悩み、泣く泣く自分のチームを売却した経緯に触れながら、当時の自分を振り返り、勝つことばかり考え、森全体を見る余裕が無かったと、きっぱり。アスリート特有の脅威の体力や眼力、歯切れよさ、勝負に対するパッション、女性特有の感性や母性といったものが滲み出ていた。

今まさに油がのっている彼女にとって、目下目指すものは唯一つ。アラスカ先住民族の男性しか成し遂げたことが無いという、グランド・スラム(スプリントと3大大会制覇)。現役を続けながら並行してやって行きたいことは?幼少から現在に至るまでの  年間、全身全霊傾けてきた<Sled Dog Race>犬ぞりというスポーツの認知度アップ及び普及活動、先ずはこれに尽きる。何時しかマッシャーという単語が広辞苑にお目見えする日が来ることを、誰よりも強く切望しているだろう。また、スポーツというフィールドを超えて、昔から人類の忠誠なる伴侶として、様々な形態や媒体で描かれてきた犬という動物の「最良の理解者」「一番のコミュニケーションパートナー」となって、犬たちの知られざる生態や多様な能力を解明し、さらに、近年の地球温暖化や北極圏での覇権争いと関連し、犬たちを取り巻く環境の問題においても、今野里紅さんご自身の独特で秀逸な感覚、経験値を存分に発揮できるチャンスが、白銀に輝く雪原のように開かれ、予測不可能だ。ところで予測出来ないといえば、夜空を彩る虹と称されるオーロラ。さあ、今野里紅さんという御者の導きのもと、犬ぞりにまたがって、オーロラ鑑賞に出かけよう。犬たちの一斉の遠吠えの合図で、ビロビロビローだとか、ホワァーンだとかいう、オーロラの音と、エメラルドグリーンやイエロー、ピンク、パープル、真っ赤に七変化する光のカーテンに包まれる。選ばれし者のみ聞こえ、見ることが出来る、と言わんばかりの、夜空を彩る大自然のスペクタクルを前に、持っている限りの感覚をフル&マックスに作動させて。ああ、思い描くだけでぞくぞくしてきた!


 




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